HAEと、私。
正しく診断され、自分に合った治療が見つかれば、HAEの発作への不安を減らせる可能性があります。
HAEと向き合い、支え合ってきた夫婦、
33年間の歩み 〜
33年間の歩み 〜
山岸 明未さん
この記事は、患者さんご本人とご家族の体験に基づく内容です。症状の出方や治療の選択肢は一人ひとり異なります。気になる症状や治療については、主治医にご相談ください。
ある夜、猛烈な腹痛に襲われて以来、原因がわからない症状に長く悩まされた山岸さんご夫妻は、その後HAEと確定診断されてもなお、発作への恐怖から逃れられずにいました。
しかし、治療の選択肢も増え、さらに患者会と出会えた今では、発作の不安もかなり払拭されて、自分らしい日常を取り戻せていると言います。
そんなお二人に、HAEと向き合ってきたこれまでの生活と、これからについてお聞きしました。
患者さん:山岸明未さん(60代)
患者さんの夫:山岸直樹さん(60代)
妊娠中に起こった激しい腹痛。
原因不明への恐怖。
それは、明未さんが次男を妊娠して産婦人科に通っていた、今から33年ほど前のことでした。
妊娠5ヶ月頃のある日の夜中に、それまで夜中には起こったことのなかった吐き気で目が覚め、かつて経験したことがないほどの強烈な腹痛と吐き気に襲われます。
明未「就寝時にはなんともなかったのですが、夜中につわりが来て吐き始めたと思ったら、それが止まらなくなって。そのうちお腹がどんどん痛くなってきたのです。1時間ほどの間に、のたうちまわるほどの痛みになった。もうガマンしきれずに、寝ていた夫を起こして病院に連れていってもらいました」
病院でも腹痛の原因は解明できませんでしたが、腸のぜん動運動を抑える注射を打ってもらったところ腹痛が少し収まったため、帰宅の途につきました。しかし帰宅途中に再び激しい痛みに襲われます。
急いで病院へ戻ると、緊急の開腹手術が行われることになりました。そしてそのまま入院することに。しかし手術はしたものの、1リットルの腹水が溜まっていることが確認できただけで、激しい腹痛の原因を特定するには至りませんでした。
明未「あんなにお腹が痛くなるのに、何が原因なのか分からないんですよ。甲状腺の問題なのか、妊娠中毒なのか、細菌性の病気なのか分からない。盲腸でもなく、卵巣にも胃にも問題はないと言うし。いったい、何がどうなってるの?…って思いましたね」
それが、山岸さんの最初の大きな発作でした。それ以来、突然起こる原因不明の腹痛を恐れる日々を送ることになります。
原因不明の腹痛がもたらした、
夫婦の葛藤。
山岸さんご夫妻からは、そのやりとりをお聞きしているだけで仲の良さが伝わって来ますが、明未さんが発作に悩まされ始めた頃のお二人には、それぞれの心に葛藤が生じていました。
明未さんからすれば、疲れて帰って眠っている夫を揺り起こして「病院に連れて行って」と言うのは気が引けます。それでも痛みを耐えきれずにお願いするわけですが…
明未「そんな時に、『ガマンできないくらい痛いの?』とか言われるとねぇ(笑)。ただ共感さえしてもらえたらそれだけでありがたいんですが。ま、そうは言っても、働き盛りで休みもなかなか取れないような中で、いつも助けてもらってきて、ホントに感謝してます」
一方、直樹さんからすれば、疲れて寝ている時に起こされ、これから病院に連れて行って、寝れずに仕事を迎えることを考えると「ガマンできないくらい?」と尋ねてしまうのもまた、やむを得ないことかも知れません。
直樹「私もそばで見ていますから、その痛さや苦しさはわかっているつもりです。それでも本人じゃないので、妻の痛さが100%わかり、共感できるわけじゃない。つい自分の都合も考えてしまいます。本人の気持ちに寄り添うことや、分かち合うことがいちばん大事だとは思いながらも、その難しさを、いつも感じていましたね」
診断名がついて、
安堵したのも束の間。
明未さんは、その大きな発作が起こるよりも前から、産婦人科とは別に内分泌科にも通っていました。長男出産後に甲状腺機能亢進症を患ったからです。
先の開腹手術では腹痛の原因解明は果たせませんでしたが、その手術の結果をたまたま知った内分泌科の先生が、「これはHAEかもしれない。医師国家試験の問題に出た症状と、とてもよく似ている」と、明未さんに伝えます。明未さんが初めてHAEという病名を耳にしたのはこの時でした。
そして明未さんは間もなく血液検査を受け、その結果HAEと確定診断されます。
明未「HAE、遺伝性血管性浮腫。診断名がついた時は、とにかくもうホッとしました。あれほどの腹痛の原因が分からなくて途方に暮れていた時に、それが明らかになったんですから」
先生から、「HAEは体のいろいろな場所に突然腫れが起こる病気」との説明を受けながら明未さんは、かつて我が身に起こった腑に落ちない症状のことを思い出していました。
最初の大きな発作よりも数ヶ月前、次男を妊娠してまだ間もない頃に突然、左腕が腫れ上がったのです。妊娠のせい?それとも甲状腺機能亢進のせい?と疑っているうちに腫れが引いたので忘れていたけれど、今にして思えばあれもHAEの症状だったのかも知れないと思われます。
さらに記憶をたどっていくと、その左腕の腫れよりも前の、激しい腹痛の記憶も蘇りました。
明未「猛烈にお腹が痛くなって、近くの診療所で診てもらったのですが、盲腸だろうと言われて別の病院に入院することに。しかしCT検査の結果、盲腸ではないと。婦人科系の病気だということで婦人科に回されて、今度は卵巣の腫れが腹痛を引き起こしているとの診断でした。
しかし通院を始めると間もなく、痛みが消えて腫れもひいてしまったのです。先生は『おかしいな、でもよかったね』って。あれもHAEの症状だったのかも知れませんね」
明未さんが、HAEを発症してから確定診断を受けるまでの時間は、患者さん平均で15.6年*かかっている中では短いのですが、それでも、確定診断までの道のりが決して平坦なものではなかったことがわかります。
*Iwamoto K, et al. Allergol Int 70:235-243. 2021
HAEを知るほどに、
自由を奪われていった日々。
HAEの確定診断を受けてしばらくの間、明未さんには大きな発作は起こらなかったため、病気に対する強い恐怖心を抱くこともありませんでした。
しかし、それから3年ほど経つ間に、HAEの情報をいろいろ目や耳にするようになり、難しい病気だということがわかってきます。また時を同じくして、明未さんの発作の頻度が増え、その症状も重い場合が多くなっていきました。
明未「『また発作が起こるかもしれない』と考えると、どこに出かけるのも恐くなるんです。発作を我慢することのつらさや、家族や周りに迷惑をかけるんじゃないかという心配ばかり先に立ってしまい、まるで自由が奪われていくような気持ちでした」
次男が4歳になる頃には、いつ発作が起こるか分からない不安から、精神的なダメージが蓄積し、パニック障害を患ってしまいました。
突然の発作に対処することができない電車には怖くて乗れなくなり、また家族で楽しみにしていたテーマパークへ出かけた際には、アトラクションを待つエリアのドアが閉ざされて暗転した途端、もし発作が起こったらという恐怖心から家族を残して逃げ出したこともありました。
子供たちが成長して高校生と大学生になり、家族で四国に出かけた際には、逃げ出すことさえできないという恐怖を味わいます。
明未「出かける前からお腹の調子は怪しかったんですけど、そんなことで旅行をキャンセルしたらみんなに悪いじゃないですか。そうしたら案の定、鳴門大橋を渡るあたりで猛烈な腹痛に襲われて。だけど車は大渋滞の中で動かないんですよ。病院へ急ぎたくても急げない。救急車を呼んでも来れるはずもない。私はもう、痛くて怖くてどうしよう?って思いながら、『まだ?…まだ?…』って聞くことしかできなかった。やっと病院に着いたら、そのまま入院でした」
直樹「痛くなったとき、特定の病院に行けば治療できるおくすりはありましたが、それでもまだ“携行してすぐその場で自分で投与できるおくすり”“発症前に発作を抑制するおくすり”はなかった。ですから『いつ発作が起こるか分からない』という恐怖から、精神的にまいってしまい、外に出ることを極力避けていましたね。もう“外出恐怖症”みたいな感じでした。発作が起きれば、病院やおくすりの費用もかかるし、急な付き添いなど家族にも迷惑をかけてしまうという、気持ちの上での負担もあったんじゃないですかね」
発作への「恐れ」を徐々に
払拭していった、治療の進歩。
HAEの治療は、以前よりも選択肢が増えたことで、明未さんと直樹さんの発作への不安が少しずつ軽くなったといいます。
直樹「今では旅行に行く時も、出かけた先に発作時の治療ができる病院があるかを調べて、あ、こことここにあるな、と確認してから出かけます。緊急時に対処するためのおくすりも携行できるし、以前とは安心感がだいぶ違いますね」
明未「たとえば歯科治療の前には、主治医と相談して発作を予防するための治療を受けてから、安心して処置を受けることができました。そういうことができるようになって発作への不安が減ったのは、本当にありがたいと思います」
患者会で、同じ病を抱えて生きる
仲間と出会いが、心の支えに。
明未さんは、HAEの患者会(NPO法人HAEJ)に参加しています。同じ病気を抱えながら生きる人たちとの交流は、明未さんにとってとても大切なものだといいます。
明未「自分と同じような痛みや苦労を経験されてきた方がこんなにいらっしゃるんだと思うと、安心できるし、心が落ち着くんです。ふだんは出かけたり人に会ったりしていても、『痛くなったら、腫れたらどうしよう、迷惑をかけるんじゃないか』って心配で、気後れするところがあるんですけど、患者会だとリラックスして話ができます。
気持ちも前向きになるし、頑張っている人を見て自分の至らなさに気づくこともあります。あの人はあんなことをやれているのに、自分は今まで何をしてきたんだろう?もっと頑張らなきゃ!って。これからも患者会には積極的に参加していきたいですし、誰かの助けになることがあれば、喜んで協力したいと思っています」
直樹さんも会社を退職してからは、この患者会に積極的に顔を出し、今では運営にも携わる立場で活動されています。
HAEは、もう「怖くない」病気へ。
HAEと生きる方々に贈るメッセージ。
発症以来30数年。さまざまな経験を重ね、今では身体的にも精神的にも安定して過ごすことができるようになっているというご夫妻に、HAEと向き合っている方々に向けてメッセージをいただきました。
明未「今はおくすりもたくさん出ていますから、まずは先生としっかりコミュニケーションを取って、自分に合った治療を見つけることだと思いますね。
それと、内にこもらないで、できるだけ外に出るのがいいですよね。今はちゃんと準備をしておけば、怖いことは少ないですから。
それから、私のこれまでの経験がもし他の方たちの何かのお役に立つのでしたら、もうどんどんお伝えしていきたいなとは思っています」
直樹「HAEの発作への不安を減らせる可能性があり、以前より向き合いやすい病気となってきていると感じています。自分の状態を把握して、自分に合った治療をしていけば、普通の日常生活を送ることができる病気になってきている。そのことを、皆さんにお伝えしていければと思いますね」
主治医の先生にお聞きしました
少しでも辛かったら、無理せず、ガマンし過ぎないで、医師に伝えてください。
明未さんの担当医:谷崎 英昭 先生
(関西医科大学附属病院皮膚科 主任教授・診療部長)
──明未さんが先生のところにこられたときは、どのようなことを訴えていらっしゃいましたか?
明未さんは当時、発作の頻度が高く、お腹の症状を強く訴えておられました。また、ほかの病気もお持ちだったこともあり、それぞれが悪くなるとHAEにも負担になるんじゃないか、逆に、HAEだけよくなればいいというわけでもないし……とかなり悩んでおられました。
また、症状のしんどさ、つらさとともに、日々の生活の中で、発作が原因で外出に不安を持っていて、どこかに行きにくい、予定が立てにくいことにも困っておられました。
──どのように治療に取り組まれましたか?
山岸さんは、HAEという病気についてすごく勉強しておられます。一方で、症状が出ても我慢されていることも多かったようです。まずは、「ガマンし過ぎなくていいよ」とお伝えして、困っていること、不安なことをすべて話していただき、相談しながら一つ一つ解決していけるようにしていきました。
おくすりに対しては慎重な方です。ですから私も、新しいおくすりを提案する際には、このおくすりは安全に使えるのか、どこに効くのか、副作用は何か、などについて詳しく説明するようにしています。
また、ほかの病気を診ている診療科とも連携しながら、情報交換して治療を進めていきました。
その結果、不安一辺倒よりも、こうやったらうまくできそうという手応えをご自身も感じてきたようで、表情も変わってきたように感じています。
──明未さんは「予定通りに生活できない」という不安も訴えられていましたね?
旅行先で発作が起きたことがあった、とお聞きしました。
たとえば旅行に行くときには、行く前に打ってから行くようにしましょう、飛行機に乗るなら薬剤持ち込みの診断書を書きますし、行った先で病気に詳しいところをご案内できますよ、ともお伝えしています。
その患者さんが何に困っているのか?何をしたいのか?をよく理解した上で、そこを補い、達成していけるような治療を心がけること。そして、不安が原因で、やりたいことをガマンしてしまうことができるだけないようにするのも、医療者の仕事だと思っています。
──最後に、谷崎先生からHAEの患者さんへのメッセージをお願いします。
何より、ムリせずガマンしすぎないで、周りに、そして医師に伝えて欲しい、ということに尽きますね。
たとえば軽い発作や、久しぶりのそれを、患者さんは不安を感じながらも我慢されることが多いのです。でもそれを軽症と捉えずに、ぜひ診てもらって欲しい。
私たちは患者さんの不安を、症状の改善によってバックアップしていきたいと願い、治療にあたっています。思ったことや少しでも気になることは、なんでも診察の時に話してください。